高野山町石道 お大師様のご加護を感じながら歩く世界遺産の道

訪れたのは2014年7月19日~20日

Anko

町石道を歩いて高野山へ行こう!夜は宿坊に泊まりたいね。

翌日は高野山を散策しよう。

Mochi

うおおー。世界遺産の道だね。楽しみすぎる!じゃあ宿坊の予約をしておくね!

高野山町石道とは

起点となる「慈尊院」から高野山の入り口に立つ「大門」までの約21㎞の道のりです。

高野山が開かれた当時、女人禁制だった高野山から麓の慈尊院にいる母親に会うために月に9回、弘法大師空海が歩いて通ったと言われる道。

当時は今とは比べ物にならないほどの山道だったのでしょう。一町(109m)ごとに卒塔婆を建てて道しるべとして、やがて高野山を参拝する人々がその卒塔婆に祈りを込めながら巡礼の道として歩いた。

高野山の根本大塔を起点として、慈尊院まで180基の町石が建っています。

町石が建っているので道にまようことはありませんが、今でも歩いてしか通ることができない歴史と祈りが込められた貴重な道です。

世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」のひとつとして登録されました。

高野山へ行くために、宿坊の予約をしようと思っただけなのに

初めての高野山。初めての宿坊。想像するだけで胸が高鳴ります。

高野山にはたくさんの宿坊があります。お値段もお手頃価格~高級志向な価格まであるようです。旅行会社や予約サイトを通して予約できる宿坊もあるようですが、一部の宿坊のみです。宿坊の予約については「高野山宿坊協会」が管理しているようです。

日にちが近かったこともあり、高野山宿坊協会に直接電話で問い合わせてみました。対応していただいた方から、宿坊までの交通機関と予算(お手頃~高級)を聞かれたので、「町石道を歩いて行く」と答えました。そうしたところ、担当の方は不満気味に「町石道は長距離を歩くことになる。わかっていますか?急にキャンセルされると迷惑なんです。当日、町石道の途中で電話をするように」と説明されました。

まあ、宿坊協会の方もドタキャンされると案内した宿坊に迷惑がかかると困るという思いがあるのでしょう。それはそうです。理解できます。しかし、いきなり怒り気味に対応をされてさっきまでワクワクしていた気持ちがちょっと萎えてしまいました。

宿の予約は前もってしないと、と思っていたのでね。

あと、駐車場の確認もしないと。ちょっと調べてみたのですが、2日間駐車しておけそうな場所がよくわかりません。

気持ちを切り替えて、町石道のスタート地点である九度山町の観光協会に問い合わせてみました。

町石道を歩く旨を伝えると、週末は役場はお休みなので、よかったら駐車場を使用してもいいですよ。「町石道、楽しんでくださいね!」と。

もー 萎みかけた心がふわっと膨らみました。ありがとうございます‼

高野山町石道を歩く!

役場の駐車場に車を停めて出発です。

楽しみすぎてここまで朝食のことをすっかり忘れていました。

駅の近くだし、なにか買えるだろうと歩き始めます。

しかし、町石道の入り口である慈尊院に着くまでには店も何もありませんでした。非常食は持っていたのですが、それを食べる気分もなく、「これは修行だ」と自分に言い聞かせます。

7:10 まずは慈尊院にお参りします。

弘法大師が高野山を開いたころは、一帯は女人禁制の地で女性はここから先へは行くことは許されませんでした。お大師様の母上だろうと同様です。ここで高野山に向かって祈るしかなかったことから「女人高野」との別名もある由緒あるお寺です。

7:35 慈尊院から続く階段を登ると丹生官省符神社があります。慈尊院の守り神を祀った神社だそうです。ここの拝殿の右手側から町石道へと続きます。

丹生官省符神社を出た少し先に179町石があります。いよいよ始まります。町石は予想外に大きくて立派です。

180町石は丹生官省符神社への階段の途中にあったようですが、見逃してしまったようです・・・。

道はしばらくゆるやかに登りつつ果樹畑に囲まれて歩くことになります。途中、九度山町を見下ろす展望台があります。空腹で朝食をとっていないことを思い出します。7月で暑さもありのども乾いてくるので、果樹を横目にしながら「みかん食べたいねー。」と話しながら歩いていると、目の前にみかんの無人販売所が現れました!料金箱に100円を支払い、ミカンをいただきます。甘くってジューシーでとっても美味しいです。

町石道をちょっとそれて丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)に立ち寄ります。

9:30 赤い橋が印象的な丹生都比売神社に到着です。ここもまた、世界遺産の「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成のひとつの場所で、弘法大師空海と縁のある神社です。

このとき、奥の拝殿は改修工事の真っ最中でした。今はもう綺麗になった拝殿でお参りできるでしょう。

お参りして、おやつでも食べようかと話していたら、神社の向かいに売店を見つけました。店内を見ているとちょうど納品に来た方がいて、できたての鳥飯だというじゃないですか。

さっそく購入して売店横のベンチでいただきます。まだ温かくてとっても美味しかった!

ここで高野山の宿坊協会に電話してみました。町石道を歩いていることを伝え、現在地を聞かれ、大丈夫だろうと判断していただき、宿坊を紹介していただけました。

今夜の宿が決まってひと安心です。

再び町石道に戻るために八丁坂を登ります。

11:25 八丁坂を登り、「二ツ鳥居」で町石道と合流します。

高野山参りが盛んになった頃にはこの二ツ鳥居から上は「聖域」と定められていたそうです。当時は木の鳥居だったようですが現在のものは石造りです。ここで120町目です。

町石道は高野山に向けて緩やかに登っていきます。

一町ごとに町石がしっかり建っているのですが、おしゃべりと歩くのに夢中でぜんぜん写真を撮りませんでした。

13:15 高野山まであと2時間ほどの距離の位置、車道と交差する「矢立て峠」があり、「矢立て茶屋」があります。

名物の「やきもち」をいただきます。まだほんのり温かくて、やわらかくて、焼いた香ばしさもありとっても美味しかったです。一個じゃ物足りなかったです。

ここから町石道はちょっと登りがきつくなります。

15:30 ようやく高野山の入り口に立つ「大門」に着きました。迫力のある大きな門です。

門にある高野山の文字を見て、ようやく来たんだなと感慨深くなります。

15:45 本日お世話になる宿坊に到着です。

たくさん寄り道をしたので予定よりもだいぶ時間がかかってしまいましたが、古からの道を楽しく歩くことができて良かったです。

高野山 宿坊に宿泊

今回、高野山の宿坊協会が予約をしてくれたのは〈報恩院〉という宿坊です。大門から檀上伽藍へ向かう途中に位置しています。

宿坊に着いて、荷物を降ろしたら急に土砂降りになりました。朝から曇り空ではあったのですが、今日一日を通してお大師様のご加護を感じたような気がします。

宿坊はお寺が営んでいるので堅苦しい決まり事などがあるのかなとちょっと緊張していたのですが、物腰柔らかく案内していただき、リラックスできました。

夕食の時間までお風呂に入ってさっぱりしてのんびりと過ごすことにします。部屋にはお茶セットとお茶請けもありまるで普通に旅館のようです。

楽しみにしていた初めての精進料理は意外にも品数が多くて、ゴマ豆腐はとっても風味豊かだし、煮物や揚げ物、どの料理もとてもおいしくて大満足でした。肉や魚がないことは全く気になりません。

夕食の後、雨が上がったようなので外に出てみることにしました。

大門のあたりまで散歩します。

夕立に洗われた空気はとても清々しく、澄んだ空気のせいかこの日の夕日はとても美しいものでした。

翌朝は、6時起床だったかな。起きてまず、宿泊客全員で朝勤行に参加します。これがいちばん宿坊に泊ったと実感しました。朝から身が清められ引き締まる思いがします。

朝食の精進料理もおかずがあり、とても美味しかったです。

一度泊まってみたかった宿坊でしたが、また泊りに来たいと思いました。

まとめ

  • 町石道を歩いて高野山へ行く場合、丹生都比売神社にも行く場合はコースタイムが余計にかかるので注意しましょう。早めの出発は基本です。
  • 町石道を歩いた日に宿坊に泊まりたいときは当日、途中で高野山宿坊協会に連絡します。
  • 事前予約したいときには予約サイトを使いましょう。
  • 現在はシステムが変わっている可能性があるので、最新情報を確認してから現地へ向かいましょう。
  • 町石道を歩く道中、売店はありません。おやつ、非常食を持ちましょう。
  • 町石道は未舗装の道です。トレッキングシューズや軽登山靴をおすすめします。
  • ちなみに九度山までは高野山ケーブルカーと電車で戻りました。観光列車が走るほどの路線なので景色が良くておすすめです。

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